2009年10月02日

WJW編 第4回

第4回

――七月。
野外会場の多いWJWとしては、梅雨は大敵。
雨避け……というのは言い訳で、本音は夏休み狙いの日程は後半に集中している。
都市部の大箱中心の団体はリーグ戦やトーナメントを開催して集客に必死な時期だけど、地方の野外小会場オンリーのウチは、夏休みシーズンは稼ぎ時だ。
珍しく空いた日程もあり、しばらくはトレーニング中心。
村上姉妹を筆頭に、富沢、金井と練習嫌いが揃ってる上に、梅雨の蒸し暑いジトジト雨。
まぁ、テンションは上がらない。

「あ、金井。怪我はもう大丈夫?」
「うん。牛乳飲んだら治った!」
そういうものなの? というツッコミはさておいて、北海道の牧場地帯出身の彼女なら、久しぶりに広々とした土地で、のんびりできたのが一番だったに違いない。
「じゃあ、今月からまた頑張って貰うよ」
「あ……ま、まだ治りきってないから、タッグがいいな。桜井さんとかと」
「もっと牛乳飲みなさい。もう基礎はできてきたみたいだから、今月はシングルで頑張ってね」
「また、レイちゃんと? レイちゃん意地悪だからなぁ……」
「誰が意地悪よ!」
知らん顔して、耳を欹てていた富沢が乱入してくる。彼女は彼女で、もちろん言い分はあるのだ。
「プロレスなんだから、少し痛いくらいは我慢してよっ!」
「少しじゃないもん! 肘とか膝とか曲げられて、いっぱい痛いもん」
「だいたいね……私はヒールじゃないのよ。なのに美加が試合中に『レイちゃんの意地悪ぅ!』とか叫ぶものだから、すっかりイジメっ子扱いされて……。私、これでもコスプレアイドルなんだからね!」
アイドルを自称する選手は多いけど、コスプレまでつくのは富沢一人だろう。
でも、富沢が言うのももっともだ。
ウチの問題点、その一。
ナチュラルにベビーフェイス過ぎるキューティー金井の対戦相手は、善良そのもののディアナでさえヒールに見えてしまう。
同レベルのヒール役がいれば、この上ない対戦相手なのだろう。でも、村上姉妹にグリズリーでは実力差がありすぎ、デビュー以来、ほとんど彼女と絡んでいた富沢が『イジメっ子レイちゃん』になってしまうわけだ。
「ごめんごめん。それは私のマッチメイクのせいもあるね。でも、七月シリーズの金井の相手は富沢じゃなく、ソフィア・リチャーズ。……そろそろ、釣り合う頃でしょ」
「えーっ……ソフィアは本当に意地悪だよぉ」
「さんざん人を意地悪呼ばわりした報いよ。いっぺん、死んでみる?」
「うー……レイちゃん、タッグ組も?」
「い・や・よっ。私はイジメっ子返上。コスプレアイドル復権を目指すんだから」
エヘン、と胸を張る。
うん、良い心掛けだね。……覚悟ができていれば。
「良く解ってるじゃない、富沢。あなたがヒールじゃないってファンに認識させる必要があるから、しばらくはヒール相手の連戦。頑張ってね」
「へっ!? ヒール相手って、もしや……」
「うん。もちろん、村上姉妹やグリズリー。あと、TWWAのシンディー・ウォン」
「それって、勝てると思えないんですけど……」
「しばらくは、勝ち負けよりも脱ヒール優先」
「やーい、レイちゃんもイジメられっ子」
「社長……あなた、最低です」
「何とでも仰い」
ジト目で睨まれても、決定事項。
中途半端な立ち位置になってしまった富沢を、ヒールに回すか、ベビーに戻すかは客席の判断にまかせるしかない。
旗揚げから半年。
それぞれにいろいろな問題が生じている。
富沢、金井との話を切り上げるのを待っていたのだろう。
一番不満がありそうなのが、噛みつかんばかりに詰め寄ってきた。
「ピラピラしした弱っちいのを返り討ちにしたんだから、ベルトはもう私のモンなんだろう? だったら、防衛戦やらせろよ」
奪還に燃えても、金井と釣り合うレベルのソフィア・リチャーズが、村上千秋相手にベルトを取り返せるはずもない。
リマッチを退けて、ベルトを自分のものにした千秋が防衛戦を望むのもわけがある。
本国で経験があってもデビュー間もないディアナ・ライアルと、お馴染みのキューティー金井では、千秋の相手には不足。
唯一、対等に戦える相手を知っているからこその言葉だろう。
もちろん、好試合になるだろうとは思う。
でも……これがWJWの問題点、その二だ。
「アタシの実績じゃ、不満だって言うのかよ」
同じ顔をした、もう一人が凄む。
現TWWAジュニア王者と対等に戦えるウチ唯一のジュニア選手。一卵性双生児の姉、村上千春。
フェイスペイントをせず、揃いのジャージ姿だと、ますます見分けがつかない。
「実績に不満はないけど……マッチメーカーとしては躊躇しちゃうかな」
「なんでだよ! ディアナや金井とやるよりゃ、マシな試合になるぜ」
「試合はそうだろうけど、お客様の目が問題」
見事にシンクロした舌打ちの二重奏。
プロレスの歴史は長いけれど、その中で一卵性双生児によるシングルのタイトルマッチが組まれた事って、あるのだろうか?
顔はもちろん、体型も似ているからコスチュームの色で判断するしかない。
ましてや、両方共に立場はヒール。
試合を見るお客様からすれば、つかみ所のない試合だろう。
テレビ等のメディアに露出できるなら、姉妹の決裂をストーリーラインにして対決を煽る手立てもあるが、ウチのような弱小団体では望む術もない。
マッチメーカーとしては、どうしても躊躇してしまう。
「いくら顔が似ていたって、アタシと千秋は別の人間だぜ? サインじゃねえんだから、コピー扱いすんなよ」
いや、サインもコピーで良いわけないでしょ。
生まれてからずっと、最も近くにいて、いつも較べられてしまう……もしくは、ワンセットにされてしまう相手。
それが嫌というわけではないだろうけど、個人を認めて欲しい気持ちは人一倍なのかもしれない。
それに……いつかは組まなきゃいけない試合か。
「了解。でも、今月すぐというのは駄目。まずは、周囲を納得させる為に、千春とディアナで挑戦者決定戦。その結果を受けて、来月の最終戦でタイトルマッチ。……いい?」
「まかせとけって。千春がディアナに負けるはずもない」
「やってみなくちゃ解らないよ。ディアナは急成長中だから」
それで気合いが入るなら良し。
練習嫌いには良い刺激になったのか、急にかけ声のボルテージが上がった。
千春に伝えたのなら、当然もう一人。
「何ですカ? シャッチョサン」
……誰、変な言い方を教えたのは。
「今月は桜井とのタッグ中心の予定はそのままなんだけど、最終戦はシングルを組むでしょ。その時、千秋のタイトルへの挑戦権を賭けて、あなたと千春で挑戦者決定戦ね」
丸く見開かれた瞳。そして、笑顔が弾ける。
「eh pa! タイトルマッチ! 本当ですカ」
「挑戦者決定戦で勝ち抜ければ、ね」
「Muito Obrigada! 絶対勝ちますヨ」
力量差は解っているはずなのに、気合いの入り方が違う。
なぜだろう?
「だって、ベルトを獲ればファイトマネーが違いまス。タイトル料がついて、いっぱいお金貰えまス」
「……いっぱいというのは無理だけど、まあ、上乗せはされるかな」
「その分、ブラジルの弟や妹たちに、いっぱいお金を送れまス」
「いっそのこと、日本に呼んでしまえば?」
「それは……ちょっと無理でス。いつまでもプロレス、できるわけじゃ無いかラ。……それに物価が違うので、日本では僅かな金額でも、ブラジルでは大金になるのですヨ」
屈託のない笑顔。
子供の頃から当たり前だと思って不満だらけの環境も、恵まれすぎているのだと気付かされる瞬間。
ただ、生まれた国が違うだけの不公平さを呪うことなく、受け入れた笑顔がディアナ・ライアルの強さの証だろう。
同情でなく、恵まれた国の同世代の仲間と同じに扱うことが、彼女の何よりの望みの筈なのに。……時々、それを忘れてしまう。
「それじゃあ……もっと強くなって、いっぱい稼がないとね」
「forca! ポルトガル語で『頑張ろう!』っていう意味でス」
逸る気持ちを抑えるように、入念なストレッチから始めるのがディアナのスタイル。
身体が資本。でも、その小さな身体に背負っているものは他の誰より重い。
そんなディアナが、羨望するような頑丈な体躯が、黙々とフリーウェイトの筋トレに励んでいる。
ワンセットを終え、汗を拭い終えるのを待って、グリズリー山本に声をかける。
「……はい、なんでしょう?」
ヒールスイッチの入っていない、小さく穏やかな声。
団体一のはにかみ屋で、思慮深さも一番。全員を良く見ているから、先のことまで、オフレコで相談できる相手でもある。
「例によって、まだオフレコの話なんだけど」
「千春さんのことですか?」
即返ってくるあたりが、いかにも彼女だ。でも、周囲は見えていても、なかなか自分のことは見えていないかも知れない。
「それなら、オフレコにするまでもないでしょ。今月、ディアナと決定戦で、来月にタイトル戦……どっちになるかは彼女たち次第」
「ふふっ……だから、気合いが入ってるんですね。じゃあ、レイちゃんのこと?」
「いいえ。グリズリー山本選手のことで、ちょっと」
「私のこと……ですか?」
意外な顔をする。
大きなイベントこそ無いが、順調にキャリアアップを続ける彼女に誰も不満を持ってはいないし、誰かとトラブるような性格でもない。
「オフレコなのは、その先の予定。十月か、十一月にタッグのリーグ戦をやろうと思うんだけど……」
「桜井さんとディアナ。千春さんと千秋さん。レイちゃんと美加ちゃん。……ですね」
「うん……ただ、あなたとタッグを組む相手で悩んでる。TWWA勢かなとも思うんだけど、ホリーにしても、シンディーにしても、なんだかピンとこなくて」
「私は……誰と組んでも良いです。出られるだけで……」
「それじゃあ、つまらないでしょ。初めてのタッグリーグ戦なのだから、あなたはもちろん、お客様にも納得して貰える相手と組ませたいじゃない」
「でも……」
困ったように私を見る。……まあ、言いたいことは解る。
「はいはい。他にメンバーがいないじゃないかって言うんでしょ。だから、あなたが組んでみたい選手がいるなら聞いてみようと思って。人数不足なら、新人テストでもして人を加えるなり、フリーの選手を参戦させるなりするから」
「組んでみたい相手……ですか……」
フリー選手のリストや、他団体の選手リストを眺めて首を傾げる。
やがて、その名前を見つけたのだろう。ちょっとモジモジし始めたのを見逃すようでは、彼女の管理なんて出来るものか。
自分のこととなると、とことん引っ込み思案な山本だ。
「……この選手?」
指差す名前に、さすがに驚かされた。
確かに、しっくり来る組み合わせではあるけれど……。
「駄目、ですよね。やっぱり……」
「ちょっとビックリしただけ。あなたがそう望むのなら、艱難辛苦を乗り越えて、何があろうと参戦して貰いましょう」

梅雨明けを告げられた和歌山の直射日光は、とにかく熱い。
でも、夜の開催で蚊に襲われるより若干マシだ。経営する側としては照明代も浮くし、何より売店の冷たい飲み物が飛ぶように売れる。
リングで繰り広げられる試合が熱ければ、熱いほどに、売れる。
村上千春とディアナライアルによる挑戦者決定戦は、大方の予想を裏切って熱い試合となった。
初めは舐めてかかっていた千春も途中で、ハッキリと顔色が変わる。
いつもは治りきらぬ身体を庇ってのディアナが、今日やらねばいつやるとばかりに、リミッター解除してのフルスピードで千春を翻弄する。
パワーに勝る千春も、捕まえきれなければそのパワーを発揮できない。
華麗に跳び、素早く背後に回ってバネの利いたスープレックス。目を見張る観客を、陽気なノリで盛り上げてゆく。
花道の奥から、この後のメインイベンターである桜井とホリーが覗き込んでいるほどの盛り上がりが、ディアナ・ライアルの真骨頂だろう。
スープレックスを切り返した千春が、ようやく立ち上がりかけのディアナを捕まえてヘッドバット。額を切ったディアナの顔が血に染まる。
流れる血が目に入るのか、ディアナのスピードが目に見えて落ちてゆく。
24分38秒。
最後は千春らしいラフなナックルバートがディアナを獲え、ようやくのスリーカウントを聞いた。
双子姉妹によるシングルタイトル戦決定。
それが受け入れられるかどうかは不安だけれど、もう何も言うまい。千秋が自らの手で掴んだ王座に、千春がその手で掴んだ挑戦権だ。
個々のレスラー同士の晴れ舞台と、応援してやるべきだろう。

「ミカさん、ミカさん。練習に付き合ってヨ」
「え〜っ。試合終わったんだから、早く帰りたぁい」
「特訓しましょウ。必殺技を身につけるのでス」
「……必殺技?」
「もっと威力のある技を覚えれば、ソフィアだって、レイさんだってやっつけられますヨ」
「でも、ディアナは強いから……」
「まだまだ、でス。千春さんに勝つには、もっと強力な技が必要……一緒に練習して覚えましょウ」
「……痛くしない?」
「練習で怪我すル……いけないことでス。痛くないように、厚いマットを敷きましょウ」
「よぉし。必殺技を覚えて、レイちゃんをやっつけよう」
「その意気でス。ミカさん」
一つチャンスを逃したからといって、ディアナはめげない。
呆れるほどの柔軟さで、技の受けが上手い金井を誘って、痛感したパワー不足を技で補おうと再始動。
こちらが慰める必要も無し、か。
ミネラルウォーターのボトルに溜息を吐きつつ、井上霧子がノートパソコンのキーを叩く。
グリズリー山本の珍しい我が儘。
彼女の望むタッグパートナーとの交渉が難航しているのだ。
「まだ時期が早い……そんな事はないと思うけど……」
小さな呟きが漏れる。
真夏の盛りに、心配するのは秋のこと。
リングの上は、真夏のジュニアタイトル戦が控えているというのに。
posted by Luf at 23:14| Comment(0) | WJW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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