2009年10月05日

WJW編 第5回

第5回


「レイちゃん、すごぉい。逃げ切って引き分けだぁ」
「逃げ切ったなんて、人聞きの悪いことを言わないでよね。……こういう場合は、凌ぎ切ったって言うの!」
セコンドについていたキューティー金井の頭をポカリとやって、富沢レイが嘯く。
勝てないまでも、ジュニア王者の村上千秋とフルタイム・ドローにまで持ち込めたのだから、胸を張ってもいい。
悔し紛れに舌打ちをしながらリングを去る村上姉妹は、まだまだ余裕の足取り。
息も絶え絶えの富沢だが、それでも大満足の笑みを浮かべている。
北海道から東北を下ってくる八月の巡業。
依然として実力差はあるものの、いかんともしがたい体格差がハッキリと成績に影を落とし始めている。
グリズリー山本が、桜井千里に次ぐ実力を誇示していた村上千春を、ファール寸前まで追い込んでのドローに持ち込んだのは前回の青森大会。
今日の富沢も含めて、もう一押しの強力な技を身につけることができれば、村上姉妹の壁を突破できそうな所まで来ている。
どうしようもない部分で追い越される当人達は堪らないだろうけれど、団体の未来を考えれば、一日も早く越えてくれないことには困ってしまう。
いつまでも、桜井千里の唯我独尊ではいられない。
とは言うものの、富沢が桜井からギブアップを奪う姿というのも、なかなか想像しづらいわけだが……。
「社長、ちょっとよろしいですか?」
人目を避けるように声を潜めるのは、秘書の井上霧子。
このところ、グリズリー山本の希望するタッグパートナーの参戦交渉に頭を痛めていた筈だが……久々に眉間の皺が消えている。
「事態が好転した?」
「ええ。……あの頑固者め。ようやく、最終戦の島根大会を観戦して、自身の目でグリズリー山本選手の現状を見た上で判断すると言ってくれました」
「……お疲れ様。それなら、まず参戦は確実ね」
「はい、自信はあります」
「これで、夏休み明けの九月……タッグリーグ戦開催決定」
「地元大阪の集中開催ですから、皆さんの成長を見ていただけます」
懸念事項の一つは、ほぼ片付いた。
記者会見を開いて発表するほど大きな団体ではない。マスコミ各社にファックスを流し、公式ホームページに第一報を載せる。
桜井千里&ディアナ・ライアル組、村上姉妹組、富沢レイ&キューティー金井組、そして、グリズリー山本&X組。(Xは当日発表)によるタッグリーグ戦の開催。
冠スポンサーをつけて優勝賞金を確保し、悩んでいた大会名も無難に『ツインスター・カップ』で手を打った。
それなりに話題になり、チケットの売れ行きも加速したのだから、少しは期待して良いだろう。
外国勢の手を借りず……ディアナがいるけど。
自団体のメンバーのみで……助っ人が一名加わるけど。
理想にはちょっと足りないが、旗揚げ一年も経たずに開催できるのだから贅沢は言えない。
それほどのギャラは払えない弱小団体だけに、ちょっとした額になる優勝賞金。その使い道を皮算用するメンバーを乗せて、巡業のバスは最終戦の地、島根に入る。
開催期間の関係で地元鳥取開催は不可能だったが、隣県の島根、それも屋根付きの会場なのだから、村上姉妹も減らず口を、少しは噤んでくれるだろう。

シリーズ最終戦。
来月がタッグリーグ戦とあって、ここは全試合シングルマッチを組んでみた。
もはや第一試合の定番となっているのは、キューティー金井vsソフィア・リチャーズ。
意外なくらいに伯仲し、その日その日の流れで勝者の変わる組み合わせ。
今日は、「えいやっ」とばかりに、ダブルアームスープレックスでソフィアを投げた金井が満面の笑みを弾けさせた。
第二試合の富沢レイvsディアナ・ライアル。
ディアナの動きを止めようと脚に攻撃を集中した富沢だけれど、投げは苦手と弱点を知られているだけに分が悪い。
投げまくって、順当にディアナの勝利だ。
第三試合は、グリズリー山本が格上のシンディー・ウォンに挑む。
この試合の意味するところは、すでにグリズリーに教えてある。
煮えくりかえるはらわたを営業スマイルで隠し、涼しい顔をしている霧子の隣。不機嫌そうに腕組みをした、サングラス越しの瞳がリングを見つめる。
誰も知らない査定マッチに挑むグリズリーは、初っ端からシンディーに全力を叩き込んでゆく。
日本人離れした体格とパワーに、シンディーから余裕の笑みが消えた。
受け流そうにも躱しきれないパワーの奔流が、誰の目にも解るほどのダメージをシンディー・ウォンに刻み込んでゆく。
あわや金星かと歓声が高まるが、それをさせないのが彼女のキャリア。
颱風の目の中に飛び込んでのスリーパーで、じわじわと体力を奪い、離れ際に打撃を叩き込んでゆく。
死角をついての延髄斬りでペースを掴むと、最後は得意の膝で巨体を沈め、面目を保った。で、問題のお客様は……と。
祈るような思いで見ると、霧子と視線が合う。
突き出す右手に、立てた指が一本……親指で良かった。
中指だったら、どうしようかと思った。
グリズリー山本の成長に何の不満もないが、そこはやはり身贔屓がある。第三者の目から見ての判断に、不安がないと言ったら嘘だ。
細部の契約の調整は霧子に任せます。
何より、胃の痛いセミファイナルが始まるのだから。
タイトルマッチとはいえ、さすがにメインには置きづらい。
その分、もったいをつけた照明を演出して、TWWAジュニアチャンピオン村上千秋が入場してきた。
そして、対するコーナーにまったく同じ顔が立つ。
挑戦者決定戦でディアナ・ライアルを下した村上千春。
誰に恥じることのない実績で挑戦者として立つのだが、客席の戸惑いがざわめきとなって広がる。もし、血を分けた兄弟姉妹であっても、一卵性双生児でなければ、もっと受け入れられるはずなのに。
試合は、睨み合いからの平手打ちの応酬で始まった。
パワー重視で思慮深い姉の千春。
ブリッジワークが得意で、自信家の妹、千秋。
日々接しているこちらにはハッキリと個性は見えるけれど、リングに立つ同じ顔、同じような体型、同じヒールの二人を判別するのは色合いだけ。
同じ技を応酬しての我慢比べは、試合の序盤の組み立ての基本パターンの一つ。
でも、瓜二つの二人がそれをやっても、コントのように見えてしまう。
二人の焦りが見て取れる。
生粋のヒールの二人は、客に罵声を浴びる術は心得ていても、客を煽る術は身についていないのだ。
吹っ切るように千春が、全力を振り絞ったエルボー。ならばと千秋もバネの効いたスープレックスで投げ返す。
だが、噛み合わない。
それでいて実力は伯仲している二人だけに、ちぐはぐなままでも、互いの体力をギリギリまで削り合わなければ、決着なんてつくはずもない。
三十分を超える長い試合は、結局、パイプ椅子の凶器攻撃からのナックルバートで千春が千秋を沈め、TWWAジュニアのベルトを奪取した。
互いに死力を尽くした戦い。
でも、客席の反応は薄く、拍手もまばらだ。
来月のタッグリーグが終われば、前王者の有するリマッチ権が行使されぬ理由はない。
山積みの課題については、本人達が痛いほど感じているはず。
メインイベントは、久々にシングルマッチを組まれた桜井が、豪快なハイキック一閃でホリー・シエラを斬って取り、観客の度肝を抜いた。
超満員札止めの客席から拍手の嵐。
大会としては大成功でも、課題の多さばかりが目に付いた。

大阪に戻った私たちを出迎えたのは、満面の笑みを浮かべた霧子のサプライズ。
……いや、霧子の笑顔が驚きなのではない。
私にすら内緒で進めてきた話が本決まりになったので、「最終承認を下さい」と差し出した契約書の内容こそが、サプライズだ。
関西ローカルとはいえ、WJWの試合のテレビ中継が決まった。
記念すべき初回放送は『ツインスターカップ』。
今、ウチが見せることのできる最高の舞台が、電波に乗ってお茶の間に届けられる。
グリズリー山本の望んでいたパートナーの参戦契約もまとまり、後はその日を待つばかり。
すべては九月に向けて動き出す。
posted by Luf at 20:37| Comment(0) | WJW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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