2009年10月17日

WJW編 第7回

第7回


「旗揚げ一年。順調に過ごすことができたのも、みんなのおかげです。本当にありがとう。……それでは、乾杯!」
「かんぱーい!」
「ケッ……乾杯って、ジュースかよ」
「Tim Tim!」
グラスを持って、口々に歓喜の声を上げる。
ジムも事務所も、大掃除を終えての仕事納め。焼肉の方が喜ぶと知りつつも、せっかく掃除したばかりの事務所を汚したくはない。
奮発したお寿司でも、まあ喜んでは貰えているようだ。
何より、大きな怪我が無く一年を終えられたのは嬉しいことです。
『ツインスター・カップ』からこっちは、敢えてみんなに指示を出さなかった。その代わり、対戦カードに関する希望は、随時受け入れて。
それぞれが何を目指したいのかを見極めて、二年目のステップとしたかった。
結果、金井は完全にソフィア・リチャーズを凌駕することに成功し、どちらが先にシンディー・ウォン越えを果たすかを競っていた村上千春とグリズリー山本は、グリズリーが先行したものの、すぐに千春も勝ち星を得て鍔迫り合い中。
TWWAジュニアタイトルのリターンマッチでも敗れた千秋は、勝敗よりも、自分と千春の差別化に悩んでいる様子。
千春に先んじてファンクラブができたことを、何より喜んでいた。
「今月のシリーズも、ディアナとは一勝一敗か……もう一つ突き放せないのよねぇ」
「来年は、レイさんを置いてきぼりにしますヨ」
グラスを鳴らして笑い合う。
実力が拮抗している分、ディアナ・ライアルと富沢レイのシングルは盛り上がる。もうちょっと実力アップしてくれて、村上姉妹を獲えるようになると、マッチメイクの幅も広がるけれど。
……まあ、それは来年の課題でしょう。
「プロレス大賞か……選ばれてみたいよねぇ」
エビのお寿司を頬張りながら、金井。
つけっぱなしのテレビでは、年末恒例のプロレス大賞が発表されている。
マイティ祐希子に、ビューティ市ヶ谷。六角葉月に、ボンバー来島。そうそうたるメンバーが名を連ね、次々に壇上へ上がってゆく。
「ウチみたいな弱小団体に、縁があるわきゃねぇよ」
「夢見るだけ、無駄だって」
「でも、いつかはノミネートくらいされてみたいですよね」
ヒール組三人、それぞれの感想。最優秀ヒール賞なんてものはないから、これは本当に実力が無いと掴めない。
「まあねぇ……EXタッグにだって、出すチームないもんね」
「いつかはQTが大賞に……」
「なると良いですネ。ワタシも頑張りまス」
しょせんは他所の世界の出来事と、ベビーフェイス組もサバサバと。
まあ、実を言うと他所の世界の話……と言うわけでもないんだけれどね。君たち、仲間が一人いないことに気付いてないのかな?
「次は最優秀新人賞? 誰か有力なのいたっけ?」
「去年は新女のマイティ祐希子が、ダントツだったじゃん」
「だから、今年は誰?」
「さあ……他所の団体を気にしている余裕、有りませんでしたから」
「だよね。今年は自分のことで手一杯だったもん」
「おっ、発表だ」
なんだかんだで、みんなテレビは気になる様子。
ワンパターンと言われようと、様式美のドラムロール。司会者が封筒に恭しく鋏を入れる。
「本年度の最優秀新人賞は……WJWの桜井千里選手です!」
「えー!」
「あれ? そういえばアイツがいなかったな……」
テレビの前で大騒ぎ。
みんな、今の今まで桜井がここにいないことに気付いてなかったのか……。
「あの野郎! 大掃除サボりやがった!」
これ、千秋。気持ちはわかるけど、ツッコミどころが違うでしょ。
画面に映る桜井も桜井で、こんな晴れの舞台に白とグリーンを配したWJWのジャージ姿で壇上に立つし。
「せっかくの晴れの舞台なんだからさ。もっと、こう……衣装くらい」
「ちゃんと衣装代は仮払いしたよ」
ジロリと睨む富沢に、名誉の為に言い訳する。
「いりません」と突っ返したのも桜井らしいが、まさかジャージで行くとは思わなかった。
富沢だったら、どんな格好で行くのだろうと考えると、逆の意味で怖い。
「桜井さんのルックスだったら、両手にネギ持たせたくなるわよね、普通」
それはどういうファッションなのよ、富沢……。
当の桜井は、相変わらずの仏頂面で「私はこういう舞台は苦手なので……練習がありますから、失礼します」とだけ言って、さっさと舞台を降りてしまう。
まったく! ウチのメンバーは、どいつもこいつも……。
「今度入ってくる、あの子に期待……ですね」
大きな身体を縮めて、チマチマとカッパ巻きをつまんでいたグリズリー山本が微笑む。
睨みの利くメンバーがいない為、ヒールモードの彼女に試験官を任せていたので、ただ一人の合格者を山本だけが知っている。
「身体は小さいけど、ね」
「ウチには貴重な性格ですよ、あの子」
「うん、そこに一番期待している」
体格の良い新人候補は、真っ先に大手の新女あたりの試験を受けるに決まっている。
ウチのような新人ばかりの団体を受けに来るのは、メジャー団体の試験に落ちた者か、応募規定に満たなかった者になるのは必然。
紛れもない後者の彼女が加わって、ウチの団体がどう変わっていくのか?
ちょっと楽しみな、二年目のWJWだ。

昨年の元日は、旗揚げ興業だった。
でも、今年のお正月はコタツみかんでまったりと。
大手の新春興行が一息ついた、その隙間を縫って稼ごうという計画。とはいえ、興行がないだけで、松が取れるのも待ちきれず、選手達は合宿所に戻ってくる。
練習を三日サボると身体が戻ってしまう。それは実感としてあるらしい。
帰ってきた桜井を待ち構えて、ちょっと社長室に来て貰った。
「お呼びですか?」
「うん。まずはプロレス大賞の最優秀新人賞、おめでとう」
「私は、賞を貰う為に戦っているわけではないので」
仄かに頬を染めつつも、相変わらずの無表情。
「それはそうだけど……ああいう華やかな場所で、WJWと桜井千里の名前が呼ばれるってことは、団体の為にも、あなたの為にも良い事です」
「……そうでしょうか?」
「当然です。こうして、あなたにお仕事の依頼が来たのだから」
「仕事……?」
訝しげに首を傾げた。無表情な癖して、あからさまな疑惑をその目に煌めかせる。
まあ、桜井好みの仕事でないことは確かだけれど。
「明日から一週間。CDのレコーディングの為に、東京出張」
「どういう冗談ですか!」
予想通りに、眉を吊り上げる。
まぁ、ね。桜井千里なら当然の反応だ。
「問答無用。広報活動の一環として、きっちり給料分は働いて。ベースアップしたばかりでしょ」
ギリッと音が聞こえるくらいに奥歯を噛み締めて、何も言わずにバタン! と大きな音を立ててドアを閉め、出て行ってしまった。
「大丈夫なんですか、桜井さんは」
首を竦めて霧子。まぁ、大丈夫じゃない。
「桜井以外は人気も実力も、ドングリの背比べだからね。不本意であっても、看板になって貰うしかないよ」
「でも、似合いませんよね」
「うん。似合わないね」
「……わざと、やってます?」
「人聞きの悪い。いろいろなことを試しているだけです」
サンドバッグの跳ね上がる、凄まじい音が聞こえてくる。どんなに怒っても、やる気を無くして練習をサボる方向に行かないのが、桜井千里の美点である。
その猛烈な打撃に煽られて、適当なペースで練習を流そうとする村上姉妹や、富沢、金井などもやらざるを得なくなるのがWJWのパターンだ。
気分転換に玄関に出ると、ちょうど小さな影がバカでかいトランクを引き摺って、到着したところだった。
「ここで、よろしいのよね?」
大人ぶって、ちょっと気取った喋り方。
黙っていればフランス人形のよう。整った面立ちがツンと澄まして美しい。
「覚悟はしていたけれど、あんまりエレガントじゃないわね」
「プロレス団体の合宿所だから。こんなものです」
「仕方ないわ。やるしかないもの」
「ええ、期待してます」
「任せておいて。クール&エレガントにWJWを背負ってあげる」
そんな生意気を言いながら、真壁那月はWJWの門を潜った。
posted by Luf at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | WJW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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