2009年10月25日

WJW編 第8回

第8回


――えっ?
「本当にいいの?」とでも言いたげに躊躇していたレフリーの右手が、三度目のカウントをマットに刻む。
一瞬、きょとんとした空気が、初上陸の室蘭市民総合体育館に広がった。
当の本人は、スリーカウントに大喜びで「きゃー!やったやったぁ」と飛び跳ねて大はしゃぎ。
ようやく、目の前の状況を把握した二千余名の観客の大歓声が巻き起こると、その大音量にようやく我に返ったのだろう。小躍りして大喜びをしていた彼女は、小さくコホンと咳払いして、ツンと澄ました表情を繕った。
「……エレガントな方が勝つって、解りやすいでしょ」
マイクが拾ったその言葉に、会場は大爆笑に包まれた。
そんな不本意な顔をしたって、今更でしょ!
正真正銘、これが真壁那月のデビュー戦。
いくら自信過剰で相手を舐めてかかる悪い癖があるとはいえ、対戦相手は元TWWAジュニアチャンピオンの肩書きを持つソフィア・リチャーズなのだから恐れ入る。
エレガントに決めたつもりが大爆笑に包まれ、クールとはほど遠い膨れっ面で花道を帰って行くが、デビュー戦初勝利の大記録に一点の曇りもない。
何しろ貧乏所帯の団体だ。死なない程度に受け身を覚えたなら、あとは経験。と、実践投入した結果なのだから、正真正銘のまぐれと偶然。それでも、ルーキー真壁那月の名をファンの胸に刻み込むには充分過ぎて、おつりが来る。
……その後は、やっぱり勝てなかったにしてもね。
当たりの柔らかいキューティー金井や、主武器がサブミッションの富沢レイや、ソフィア・リチャーズに揉まれながら、近い内に、今度は実力で勝ちをつかみ取りそうな予感はある。
自称“クール&エレガント”な真壁那月の実態が、負けず嫌いな意地っ張りであることは、もうWJW中に知れ渡っているのだから。

以上のレポート中の数字で「ん?」と思った人は、生粋のWJWファン。
そう、一月巡業の開幕戦の会場は二千人のキャパシティを持つ室蘭市民総合体育館だ。
これまで千人程度の会場に青息吐息の団体が、強気に倍人数の会場を選択できたのには理由がある。
……悔しいけど、もちろん自力ではない。
ホリー・シエラでは、そろそろ桜井千里の相手は苦しい。慣れないCDレコーディングをさせて“千里ちゃん弄り”をしているだけでは申し訳ないので、それなりの相手を用意してやらねばならないでしょう。
本日のメイン。まずは、六人タッグで勝負だ!
出身地はズレているが、一応、西北海道が地元の金井をメインに出す為の窮余の策。
桜井千里、ディアナ・ライアルと組んで迎え撃つのは、二ヶ月の短期参戦をお願いした「リングのカゲ番」の異名を取る八島静香。
元レディースの頭を張っていたという噂のある彼女が村上千春、千秋のヒール姉妹を両脇に従え……って、ウチのメンバーの誰と組むよりも、しっくりと収まるこの構図は何なのだろう?
いかにも舎弟な、小物っぽさが泣けるけど。
戦力的には、メンバーが一段落ちる桜井組が不利だろうと思っていたのだけれど、見た目の据わりの良さでも劣るこのトリオが、意外なくらいに機能した。
もともとタッグ向きでなく突っ走りがちな桜井だけれど、ディアナ、金井とフォロー上手な二人がしっかりとサポートするのだから堪らない。ポイントゲッターを桜井と決めて、二人に攪乱に専念されてはターゲットを絞れず、八島組は消耗戦を強いられる。
最後もズバリ。八島をハイキックで仕留めて、見事に桜井が遭遇戦を制した。
「面白ぇじゃねぇか!」
八島が吠えて、戦火が上がる。
体格に勝り、ラフファイトとパワーで押しまくる八島を、スピードと切れの良い打撃で迎え撃つ桜井。
一月巡業の残り四戦をすべてシングルで戦った戦績は、二勝二敗と互いに譲らない。
巡業を終えて戻った道場では、連日、サンドバッグが悲鳴を上げている。
決着をつける機会は、二月巡業だけなのだから。
「こぉら、那月。受け身の練習だけは、サボらずにやっとかないと死んじゃうよ」
じっと見つめる真壁の後ろから、もたれかかって富沢レイが言う。
受け身の練習以外もサボらずにやって欲しいという願いはあるけど、まあ間違っちゃいない。
「受け身の練習なら、後でウンザリするくらいさせていただきます」
煩げに、眉を顰めて真壁。
見つめる先にいるのは、無心にサンドバッグに向かう桜井千里だ。
「ん〜……桜井さんを見てても参考にならないんじゃない? あのハイキックを真似しても、那月の身長じゃあミドルキックよ」
気にしている身長を言われ、ジロッと睨む。
今のところ、基本的には上下関係にうるさくないWJWならではの対応でしょう。
「技そのものじゃなくて、体重移動とステップが勉強になるんです。私は空手がベースだから、どうしても踏み込んだ脚に体重が残っちゃって、次の対応が遅くなるの」
「ふ〜ん。そういうものなの?」
「空手は一撃必殺が基本だもの。それに、いつまでもドタ足じゃ、ちっともエレガントじゃないし……」
「それじゃあさ。エレガントなドレスを作ってあげるから、ちょっと採寸させてよ」
「お断りします! 私は着せ替え人形じゃないんだから」
「着せ替え人形じゃなくてドールよ、ドール。連載も再開されたし、那月のルックスなら『抱っこして頂戴』を高貴に言えたら、もう完璧! ……声もそっくりだし」
付き合いきれないとばかりに、真壁がそっぽを向く。
さすがに諦めたのか、富沢は軽めのバーベルで悪戦苦闘するキューティー金井をからかいにいった。
……だから自分の練習はどうした、富沢。

まあ、こちらにも反省すべき点はある。
桜井には、壁になる強敵を与えればよい。ジュニアクラスの選手には、TWWAジュニアのベルトという目標がある。
どこにも属さぬグリズリー山本には、完全なシンディー・ウォン越えを目指すと共に、その後の壁となるだろうホリー・シエラを当てればモチベーションは保てる。
でも、富沢レイはちょうど宙ぶらりんな位置にいるのだ。
当座は金井と同じように、ディアナ・ライアルや村上姉妹越えが目標となるのだろうけれど、金井と違ってベルトに挑むことはできない。富沢の羨ましいくらいにすらりと伸びた体型は、ジュニアの枠の外だ。
関節技の模範にできるような、優れた使い手もウチにはいない。
だからと言って、自分で目標を立てて精進するようなタイプでも無いのだから困りもの。
はっきりと目標のあるディアナに、じわじわと置いていかれかけている。
それで腐るようなタマではないだろうけど、趣味に没頭されるのもどうしたものだか。即効性の対策がないのが悔しい。……もう少し辛抱しておくれ。
気になることは、もう一つ。
TWWAジュニアのタイトル戦を三月までにやらなければならないこと。
現王者の村上千春相手に好勝負できそうなのが、村上千秋しかいないという現実。ディアナ、金井では結果は見えているし、千秋をぶつけるにしても双子対戦の難しさを克服できていない。
タイトルマッチは興行の売りになるだけに、いろいろともどかしい。
正直なところ、タイトルを持て余しているのも確か。他の選手のモチベーションにもなっていることもあるけれど、目前のタイトルマッチで悩んでいるのでは困りもの。
慢心気味の千春に喝を入れる意味でも、一度ベルトを奪ってみたい。もちろん、返上じゃあ、千春だけでなく全体の士気も下がってしまう。
千春からベルトを奪えそうな人材にも、心当たりはあるのだけどね……。その投入が、良い事なのか、悪い事なのか、判断に苦しんでいる。
まだ、時間はある。
二月の巡業を見た上で、判断しましょう。

腹の底に響くような爆音と共に、大型バイクに乗った八島が会場入りしてきた。
桜井と八島のヒートアップした戦いがあるならと、これまで一度も足を踏み入れた事の無かった首都圏での興行にGOサインを出した二月。
緒戦の後楽園プラザは、なんと超満員札止め。さすがに聖地、熱い声援に包まれている。
「姐さん! 後は任せた」
「おぉよ!」
組むのは二度目だというのに、すっかり馴染んだ八島&村上姉妹のトリオ。
八島へのアシストに終始する二人を見いると、ようやく私の腹も決まってくる。
こんなお気楽で良いはずがない。
一度、その頬を張り倒してやった方が、彼女らの為だ。
振り向くと、私の気持ちを先回りした秘書の井上霧子が、すでに携帯電話を開いている。
「霧子……お願い」
「……はい」
posted by Luf at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | WJW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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