2009年10月31日

WJW編 第9回

第9回

「ワオッ……ミカさん、久しぶりッ!」
ひょっこりと顔を出した小柄な少女に、満面の笑みを浮かべてディアナ・ライアルが飛びついた。なぜかヒョイと身を躱しておきながら、短期参戦を受諾したソニックキャットは、わざわざその背中に抱きつく。
「うきゅっ! ディアナ、久しぶりなのさね。すっかり元気で良かったぉ」
村上千春からジュニアのベルトを奪う為に呼ばれたとは、とても思えない。ディアナの背中におぶさったまま、あちらこちらを擽って笑わせている。
ようやく組み上がったリングで練習を始めた他のメンバーは、何が起きたのかと呆然として見ているばかり。
目敏くこちらを見つけると、ピョンと身軽に飛び降り、小走りにやってきてはペコンと頭を下げた。
「二ヶ月間、お世話になるのさね。よろしくっ!」
「こちらこそ。コンディションはいかが?」
「いつでもサイコーなのっ。ディアナもサイコーで、安心したぉ」
キラッと光る眼差しで、頷く。
ブラジルで知り合ったディアナ・ライアルを日本に連れてきたのが、このソニックキャット。ただ、唯一の誤算だったのは、彼女を連れて日本に戻ってきた時、ソニックの所属していた団体がすでに無かった事だ。
ソニック曰く「シェラスコが美味しすぎて、つい長居しすぎちゃったのさね」
大雑把に言うと、串刺しにしたかたまり肉をバーベキューにして、目の前で切り分けてくれるのを食べる料理。
ディアナによると「ミカさん、凄かったですヨ。カットした側から食べ尽くして、切るが早いか食べるが早いか。大勝負でしタ」だそうだが、結末は切り分け役数人分を一人で食べ尽くし、お店の方が泣きを入れてきたのだとか。
「何とかなるさね」とディアナを連れて歩いてはぐれ、迷子のディアナが目にした『プロレス』を意味する形の文字に飛び込んだのが、ウチの新人テストの最中だった。……という偶然の元に、WJWのディアナ・ライアルが存在する。
「おかげで、拾い物をした」と伝えてやると、意味ありげにニンマリ。
「助かったのは、こっちもさね。故障持ちのディアナに無理をさせず、ちゃんとケアしてくれたから、サバンナの熊さんが黒豹に戻ったぉ」
ただ、擽って遊んでいたわけではないらしい。心配していた妹分の躰のコンディションを確かめた上での満面の笑みだ。
――掴み所もなければ、抜け目もない。
そんな評判の一端を垣間見て、安心する。ただのお調子者ではない。TWWAジュニアのベルトに胡座をかく村上千春あたりは、ウンザリと馬鹿にするだろう。でも、この態度で見誤ってしまうと大けがをする。
ソニックキャットという相手は、千春がマジになっても勝てる可能性の低い相手なのだから。
「これ、ディアナの知り合い? 何で私服で角つけてるかなぁ」
面白そうな物を見つけたと、富沢レイが寄ってくる。
「紹介しますよ、レイさん。私が、とってもお世話になってるミカさんでス」
「ふぇ?」
「オゥ……そちらのミカさんではなくて、こちらのミカさんで……」
「これは自称通りQTとでも言ってやればいいって。で、そっちもミカなんだ」
「……”これ”は酷いよ、レイちゃん」
「ややこしいから美加は黙るっ。……で、何で角つけてるの?」
「……」
ソニックは唇の前に人差し指を重ねて、バッテンを作っている。状況を察したディアナが、両手でそのバッテンを外して笑った。
「こっちのミカさんは、黙らなくても良いですヨ」
「りょーかいっ! 角がついているのが隊長さんなのさね」
何か通じる物があったのだろう、富沢もニカッと。
「だったら、服も赤くしようよ。三倍早くなるじゃない」
「今より三倍早くなっちゃったら、お客さんは何も見えないぉ。過ぎたるは及ばざるが今年もよろしくなのさね」
不敵に言い放つ言葉が、紛れもない事実であると翌日思い知らされる。
小手調べにと桜井千里、ディアナと組んだ六人タッグで、ホリー・シエラ、シンディー・ウォンにグリズリー山本を加えた重量級トリオを持ち前の超高速で翻弄し、見事大将格のホリー・シエラから、電光石火のフランケンシュタイナーでスリー・カウントを奪って見せたのだ。
「すご……ジュニアでも、あそこまでやれるんだ……」
拳を握り締めて呟いたのは、真壁那月。
体格差は大きな不利だけれど、それが絶対的なものではない。目の前でそれを見せつけてくれたソニックキャットを羨望の目で見つめる。
ファイトスタイルは違うけれど、あなたの打撃も磨き上げれば、突き抜ける可能性を秘めているだから。
目の色が変わったのが、もう一人。
もちろん、第四戦でベルトを賭けて、初のシングル戦メインイベントに挑む村上千春だ。
場所は地元の鳥取。
この上ない舞台で、人気者ソニックキャットを迎え撃たねばならない。
想像以上の実力を目の当たりにして、ようやく火がついたのだろう。第二戦の広島で、ソニック&ディアナ組と、村上姉妹のタッグ戦を用意するまでもなかったかな。
“音速ヒロイン”の異名通りに、超高速で飛び回るソニックを絶妙のタイミングでディアナがフォロー。これがディアナ・ライアル本来の動きなのだろう。流れるようなソニックのスピードに、絶妙のアクセントとダメージを相手に刻み込んでゆく。
フィニッシュを譲られたディアナが、千春をバックドロップで沈めてスリーカウント。
ソニック戴冠ムードが、じわじわと盛り上がる中、快進撃はなおも続く。
続くホリー・シエラ&シンディー・ウォンの外人勢頂上タッグも、ディアナとのコンビで粉砕して、ついに時を迎えた。
二千五百人を呑み込んだ米子産業スポーツホール。
この程度の会場のメインイベントに臆する事もなく、いつものようにコーナーポストに飛び乗って、敵地の観客を煽る。
ベルトを巻いて登場した村上千春は、いつものように周囲を威嚇せず、不気味なくらいに相手を睨み据えたまま、妹の千秋を伴ってリングにあがった。
地元だけあって、声援は五分と五分。
ゴングが鳴って、真っ先にソニックが飛び出す。
もちろん、千春もそれなりの対策を練ってきたはずだ。これまでの試合は常にリングサイドで見つめていたし、実際にタッグで肌を合わせたりもした。
そんな千春の対ソニック策のすべてを打ち砕いたのは、更にギアを上げたソニックキャットの最高速度だった。
「タッグの時は、ディアナに合わせなきゃいけないのさね」
試合後に、手にしたベルトを撫でながらソニックキャットは嘯いていた。
パワーなら明らかに千春の方が上。それでも、捕まえる事ができなければ何の意味もない。
押され気味の流れを変えようと、ロープに飛んだソニックの背を、セコンドの千秋がパイプ椅子で殴りつけて転倒させた。
更に投げ込んだその椅子を受け取った千春が、追い打ちをかけようと振り上げた、その時。
「反則はダメですヨ!」
トップロープから飛んだディアナが、千春の手から椅子を蹴り落とす。
舌打ちとソバットが交差した。
「ディアナ。試合に介入するのも反則さね!」
「Entrei em fria……。でも、リングの上を通過しただけですヨ」
対面のトップロープから飛び降りながら、悪びれずにディアナ。千秋の介入を封じられた時点で、試合のすう勢は決まったようなものだ。
いつの間にか、声援のすべてを自分の物に変えてしまったソニックキャットが、コーナーポストから飛んだ。鮮やかに後転しながら自らの身体を叩きつけるシューティングスタープレスをサービスしてのスリーカウント。
こちらの目論見通り、もっとも負けたくはないタイプであろうソニックキャットが、村上千春の腰からTWWAジュニアのベルトを奪い取って見せた。
「くっそ! 再戦だ再戦! リマッチ権はあるんだろ!」
もちろん、こちらもそのつもり。
マイクでしきりに新王者を挑発する千春にとって一番悔しいのは、地元の声援がすべてソニックに集中する事ではない。すべてが歓声で、自分に対する罵声すらない事だろう。
敵地で、そのヒロインぶりを遺憾なく発揮したソニックキャットが「うきゅ〜!」と吠えて、一つの祭りが終わった。

「……で、今度は何をさせようというのです?」
例によって例のごとく、私に呼び出された桜井千里は苦虫を噛み潰した顔でウンザリと言ってくれる。
「まずは最終戦、ソニックキャットの快進撃を食い止めての勝利をおめでとう」
「ありがとうございます。……あの速さには手こずりましたが、幸いリズムが単調になったところを捕まえる事ができました」
会心の笑み。
それだけ苦労させられたという事だろう。
リズムが単調になったと桜井は言うけれど、マシンガンのようなドロップキック三連発を、普通はそう言わない。それを見切った桜井のローキックが、ソニックの軸足にダメージを与えて流れを変えたのだから。
大した選手だと思うけれど、それ故、素っ気ない桜井を弄り倒しても見たくなる。
そんな時にだけは、この無表情娘も、はっきりと感情を示してくれるのだ。
「お話がそれだけでしたら、私は練習に戻らせていただきます」
クルッと背を向けた彼女に、意地悪く言ってやる。
「それだけの筈、無いでしょ。……わざわざ呼んだのだから」
「……で、今度は何をさせようというのです?」
「まずは最終戦、ソニックキャットの快進撃を食い止めての勝利をおめでとう」
「……それは、先ほど聞きました」
「同じセリフを言われたから、リピートしてみました」
「会話が面倒くさいのは、ジュニア王者だけで充分です」
「うん。……それには同意する」
ジロッと睨まれた。
本当、こんなに表情豊かな桜井など、こんな時にしか見られない。
「でね……今度は写真集をお願い」
「……バカバカしいっ!」

桜井弄りの一環として、しぶる彼女を写真集撮影に送り出した翌日。
真壁那月と共に第二期生となる新人を獲得しようと、新人テストが行われた。
深夜枠とはいえ、今月から衛星テレビで全国中継されるくらいには知名度の上がった我が団体。明らかに参加者の質が上がったのが解る。
そんな中、たった一人だけがWJWの狭き門(主に経済的に)をくぐり抜け、四月巡業から加わる事になった。
「新人っていっても、あたし達より歳上?」
富沢が複雑な顔をするのも道理。
新人とはいえ十七才の彼女は、桜井千里の十九才に次いで二番目に年長のレスラーとなる。(あくまでもレスラーで、秘書は数に入れてません)
「やっぱり、実力もそれなりなのかなぁ……」
不安そうな顔のキューティー金井。
大丈夫よ、たぶん今でもあなたより強いから。
WJWには珍しいほどの礼儀正しさで一礼し、彼女は丁寧に自己紹介を始めた。
「初めまして。本日より、WJWに入団いたしました内田希と申します」
posted by Luf at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | WJW | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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